はじめに
「家賃を3ヶ月滞納している入居者がいるけど、いつになったら追い出せるの?」「費用はどれくらいかかるんだろう…」——賃貸経営をしていると、こうした悩みに直面することがあります。家賃滞納への対応は、法律の手続きを正しく踏まないと、かえって大家側が不利になってしまう可能性があります。
この記事では、家賃滞納が発生してから強制執行に至るまでの流れを、段階ごとに詳しく解説します。費用の目安や期間、そして何より「やってはいけないこと」を理解することで、冷静かつ確実に対応できるようになるはずです。
最短でも「段取り」を踏まないと詰む

自力救済NG
まず最初に押さえておくべき鉄則があります。それは**「自力救済は絶対にNG」**ということです。
どんなに家賃を滞納していても、大家が勝手に鍵を交換したり、荷物を処分したり、電気・水道を止めたりすることは違法行為にあたります。これを「自力救済の禁止」といい、日本の法律では厳格に禁じられています。
もし自力救済をしてしまうと、逆に大家側が損害賠償を請求されたり、刑事事件(住居侵入罪など)に発展したりする恐れがあります。滞納者が悪質であっても、法的な手続きを踏まなければならないのです。
「早く追い出したい」という気持ちはよくわかりますが、焦って自己判断で行動すると、かえって解決が遠のきます。正しい手順を踏むことが、結果的に最短ルートになるのです。
内容証明→訴訟
家賃滞納に対する法的対応の基本的な流れは、次のようになります。
- 催告(支払い請求):電話、訪問、内容証明郵便などで支払いを求める
- 契約解除通知:一定期間経過後、賃貸借契約を解除する旨を通知
- 明渡し請求訴訟:裁判所に訴えを提起し、明渡しの判決を得る
- 強制執行:判決に基づき、執行官が強制的に退去させる
この流れを省略することはできません。「家賃を滞納しているから即座に追い出せる」わけではなく、裁判所の判決という法的根拠が必要になります。
内容証明郵便は必須ではありませんが、「いつ、どのような内容の通知をしたか」が証拠として残るため、後の訴訟で有利になります。特に契約解除通知は、内容証明で送るのが一般的です。
任意退去が最安
ここで重要なのは、任意退去してもらうのが圧倒的に最安・最速だということです。
訴訟になれば弁護士費用が30万円〜50万円、強制執行まで進めば追加で50万円〜100万円以上かかることも珍しくありません。さらに期間も半年〜1年以上かかるケースが多いのです。
一方、任意退去であれば引越し費用を一部負担する程度で済み、1〜2ヶ月で解決することもあります。滞納者との交渉が可能なうちは、「引越し費用を援助するので、○月末までに退去してほしい」といった提案も検討する価値があります。
ただし、交渉する際も記録を残すこと、約束を文書化することを忘れずに。口約束だけでは後でトラブルになる可能性があります。
初動(滞納1〜2ヶ月)

連絡の順番
家賃の滞納が発生したら、まずは入居者本人への連絡から始めます。
滞納1週間以内:まず電話連絡を試みます。単純な振込忘れや口座残高不足の可能性もあるため、この段階では穏やかに確認します。
滞納2週間〜1ヶ月:電話がつながらない場合や支払いがない場合は、訪問を検討します。ただし、深夜早朝の訪問や大声での請求は避けましょう。これらは違法な取り立て行為とみなされる可能性があります。
訪問する際は、可能であれば2人以上で行き、訪問日時・対応内容をメモに残しておきます。「○月○日、午前10時訪問。不在のため不在票投函」といった記録が、後の法的手続きで役立ちます。
保証人/保証会社
入居者本人と連絡が取れない、または支払いの意思が見られない場合は、保証人や保証会社への連絡に移ります。
連帯保証人がいる場合:契約書に記載された保証人に連絡し、状況を説明して支払いを求めます。連帯保証人は入居者と同等の支払い義務を負うため、直接請求することができます。
保証会社を利用している場合:保証会社に滞納の事実を報告し、保証金の支払いを請求します。多くの保証会社は、滞納発生後の手続きについてマニュアルを持っているので、指示に従って進めましょう。
ここで注意したいのは、保証人・保証会社への連絡も記録に残すことです。「○月○日、保証人の○○様に電話連絡。支払いを約束」といった記録が重要になります。
記録の取り方
初動段階で最も重要なのが「記録」です。後の訴訟で証拠となるため、以下のような記録を残しておきましょう。
- 日時・方法・内容:いつ、どのような方法で(電話・訪問・郵送)、どんな内容の連絡をしたか
- 相手の反応:入居者や保証人がどう答えたか、約束した内容は何か
- 物的証拠:内容証明郵便の控え、配達証明、録音データ(相手の同意を得た場合)など
記録は手書きのメモでも構いませんが、日付を入れ、できれば時系列で整理しておくと後で見返しやすくなります。写真やスクリーンショットも有効な証拠になります。
法的フェーズ(解除〜訴訟)

解除通知
滞納が2〜3ヶ月続き、任意の支払いや退去が見込めない場合、賃貸借契約の解除に進みます。
契約解除には「信頼関係の破壊」という要件が必要です。一般的には、家賃3ヶ月分以上の滞納があれば、この要件を満たすとされています。ただし、1ヶ月の滞納でも悪質なケースや、2ヶ月でも正当と認められるケースもあり、状況によって判断が分かれます。
解除通知は内容証明郵便で送るのが基本です。記載内容は以下のようになります。
- 滞納している家賃の金額と期間
- 「○日以内に支払いがない場合、契約を解除する」という猶予期限(通常1週間〜2週間程度)
- 解除後は明渡しを求める旨
この通知が相手に届いた(または届いたとみなされた)時点で、法的な手続きが本格的に始まります。
明渡し請求
解除通知の猶予期限を過ぎても支払いや退去がない場合、裁判所に明渡し請求訴訟を提起します。
訴訟は通常、簡易裁判所(請求額が140万円以下の場合)または地方裁判所で行います。弁護士に依頼するのが一般的ですが、請求額が少額であれば本人訴訟も可能です。
訴訟では以下の点を証明します。
- 賃貸借契約の存在(契約書)
- 家賃滞納の事実(振込記録、入金履歴など)
- 適切な催告と解除通知を行ったこと(内容証明郵便の控えなど)
相手が争わなければ、1〜2回の期日で判決が出ることもあります。争われた場合でも、証拠がしっかりしていれば数ヶ月で判決に至るのが通常です。
判決が確定すると、入居者には明渡し義務が生じますが、それでも自主的に退去しない場合は強制執行に進みます。
公示送達の使い所
訴訟を起こす際、相手方に訴状を送達する必要がありますが、入居者が行方不明の場合や受け取りを拒否する場合があります。
このような場合に使えるのが公示送達という制度です。裁判所の掲示板に書類を掲示することで、法律上「送達された」とみなす制度です。
ただし、公示送達を利用するには、事前に調査を尽くしたことを証明する必要があります。具体的には以下のような調査です。
- 住民票や戸籍の附票の取得(居住実態の確認)
- 勤務先への連絡
- 親族・知人への聞き込み
これらの調査記録を提出し、「通常の方法では送達できない」ことを裁判所に認めてもらう必要があります。公示送達が認められれば、相手不在のまま訴訟を進めることができます。
強制執行の現実(費用/期間)

予納金
判決を得ても入居者が退去しない場合、最終手段として強制執行を申し立てます。
強制執行には予納金が必要です。これは執行官の費用や作業員の人件費などに充てられるもので、物件の規模や荷物の量によって異なりますが、一般的に50万円〜100万円程度が相場です。
- ワンルーム・1K:50万円〜70万円程度
- 1DK・2DK:70万円〜100万円程度
- 3LDK以上:100万円以上
予納金は事前に裁判所に納める必要があり、後で回収できる保証はありません。入居者に資力がなければ、この費用は大家の持ち出しになります。
搬出・保管
強制執行は以下の流れで進みます。
催告(1回目の訪問):執行官が物件を訪れ、「○日後に強制的に退去させる」旨を告知します。この時点で退去すれば、費用は最小限で済みます。
断行(強制退去):告知日に入居者が退去していなければ、執行官立ち会いのもと、作業員が室内の荷物をすべて搬出します。
搬出された荷物は一定期間保管され、入居者が引き取らない場合は処分されます。保管費用も予納金から支払われますが、高額な荷物がある場合は保管期間が長引き、費用がかさむこともあります。
執行から完了まで、順調にいっても1ヶ月〜2ヶ月はかかると考えておきましょう。
回収不能リスク
強制執行で最も厳しい現実は、費用の多くが回収できない可能性が高いということです。
滞納家賃、訴訟費用、弁護士費用、強制執行費用を合計すると、100万円を超えることも珍しくありません。しかし、家賃を滞納するような入居者に資力があることは稀です。
判決で「滞納家賃と費用を支払え」と命じられても、実際に回収できるかは別問題です。給与差押えなどの方法もありますが、これにもまた費用と手間がかかります。
現実的には、『強制執行は費用回収を諦める覚悟で行う』ケースが多いのです。だからこそ、任意退去で解決できる段階での交渉が重要になります。
再発防止(審査と契約)

保証会社設計
滞納トラブルを未然に防ぐには、入居審査の段階での対策が不可欠です。
現在では家賃保証会社の利用が主流となっています。保証会社を利用することで、滞納時の家賃は保証会社が立て替えてくれ、法的手続きも保証会社がサポートしてくれることが多くなっています。
保証会社を選ぶ際のポイントは以下の通りです。
- 保証範囲:家賃だけでなく、原状回復費用や訴訟費用も保証されるか
- 保証期間:契約期間中ずっと保証されるか、更新が必要か
- 対応スピード:滞納発生時の対応が迅速か
保証料は入居者負担が一般的で、初回は家賃の0.5〜1ヶ月分、更新時は年1万円程度が相場です。
特約
賃貸借契約書に適切な特約を盛り込むことも重要です。
解除特約:「家賃を2ヶ月滞納した場合、無催告で解除できる」といった特約です。ただし、実際には催告なしの解除は難しいケースが多く、あくまで補助的な条項と考えましょう。
連帯保証人の追加:保証会社を利用していても、さらに連帯保証人を求めることで、二重の保証体制を築けます。
明渡し時の費用負担:「明渡しに要した費用は入居者が負担する」旨を明記しておくと、後の請求がスムーズになります。
ただし、あまりに入居者に不利な特約は無効とされる可能性があるため、弁護士などの専門家に契約書をチェックしてもらうことをお勧めします。
早期発見
滞納トラブルを小さいうちに解決するには、早期発見が鍵です。
自動引落しの確認:毎月の家賃入金を必ずチェックし、滞納が発生したらすぐに連絡を取る体制を整えましょう。
定期的なコミュニケーション:年に数回、物件の巡回や入居者へのアンケートなどを行うことで、入居者の状況変化を把握できます。失業や病気などで支払いが困難になりそうな兆候を早めにキャッチできれば、分割払いなどの柔軟な対応も可能です。
記録の習慣化:日頃からやり取りを記録する習慣をつけておけば、いざという時に慌てずに済みます。
まとめ
家賃滞納への対応は、法律の手続きを正しく踏むことが何より重要です。自力救済は絶対に避け、記録を残しながら段階を追って進めていきましょう。
最も理想的なのは任意退去での解決ですが、それが難しい場合でも、適切な手順を踏めば必ず解決できます。そして何より、入居時の審査と契約をしっかり行うことで、トラブルそのものを減らすことができるのです。